ここは新潟でボードゲームを楽しむ人達のための集会所です。

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 先日日本の老舗ボードゲームショップ「メビウス」さんの20周年記念イベントで、あの世界的なボードゲームデザイナーであられるクニツィア博士が来日されました(らしいw)。実際にそのイベントには参加できなかったので(県内の他サークルさんの月例会に参加してましたw)、数ある影武者の存在をうたわれる氏が、はたして本物であったかどうかについては確認できないのですが(笑)、まぁ冗談はこの辺にして、多数の参加者にみまわれて大盛況だったというこのイベント。これは10年前なら全く考えられなかったことですし、その間のボードゲームシーンの推移を思うと、本当に素晴らしいことだと感じ入りました。

 今回はそんな日本で熱狂的なファンを多く抱えるクニツィア博士に敬意を表して、「○○追いという美学」というテーマでコラムを捧げたいと思います。

 もともとボードゲームマニア。特にコレクターとまで呼べるような方には「○○追い」という買い方をされている方がおられます。自分の好みに合わせて、特定の作品を狙い打ちする購入の仕方ですね。

 一般的には

1.特定のメーカーの新作はとりあえずポチる。

 やり方と

2.好きなデザイナーの作品は何でも買いあさる。

 の2種類が王道と呼ばれるものでしょうけど、その中でも圧倒的に多いのが後者の「好きなデザイナー追い」と呼ばれるものといえるでしょう。

 これはもう一般的な「好きなアーティスト」とか「好きな作家」とかと同じレベルで、「このデザイナーなら(あるいはこのメーカーなら)間違いなく面白い作品であろう」という確固たる「期待」が根っこにあって、一度ファンになったからには、「追えば追うほどその愛が深まる」という傾向にあり、また同時に「コレクター欲も満たしてる」ので、個人的には非常に好ましい傾向であると思ってます。

 なおこの辺の心理は、心理学的には「執着心」や「独占欲」と深いかかわりがあるようですが、一種の「自己アイデンティティの確立」という側面もあって、なかなかどうしてそういう心理になるかの分析は専門家でないと難しい側面があります。

※余談ですが、一時期バネスト店長の中野さんと「マニア」と「フェチ」とその他諸々とで、どれが一番最強かみたいな話で盛り上がったことがあります(笑)。この辺のコアな話に関しては、バネストに足をお運びの皆様は、是非直接バネさんに聞いてみてください(店が忙しくなければほぼ100%喰いついてこられますからw)。

 やがて「○○が好き」という概念は、ともすると平凡にただただ新作を遊び続けることになるボードゲームライフに華やかな彩りを与えてくれますし、またこの趣味にかかわらず「なにそれというメーカー(レーベル)が好き」とか「だれそれというデザイナー(アーティスト)が好き」という会話は、その人の「パーソナリティ」を表すものとして機能してくることで、これまた人間関係の豊かな交流には欠かせないものになるでしょう。

 一方で、問題点は無いのかといわれると、その辺は少し微妙でして・・・^^;

 やはり何かの対象を「追っている」ときというのは、その対象に対する「無償の愛を捧げている」わけでもありまして、その対象物の価値そのものが、「その追っている人」にとっては多少「上方修正される」といいますか、あくまでも1つの例として、一般的にそれほど価値が高いとは思えないものであっても、より価値の高いものに「感じてしまう」傾向があると思います。

 これを私は「盲目的評価」と呼んでいるのですが、いわゆる「○○好き」と呼ばれている方(あるいは自称しておられる方)のその対象物に対する評価に関しては、(予防線という意味で)1つ割り引いて見るようにはしております。

 しかしこの「盲目的」な部分こそ、まさに「○○追いの美学」であるとも同時に思うわけでして、やはりそれだけの「愛」を捧げられる対象物であるという評価は、これはゆるがないものとして認知できるといえるでしょう。あとはそれを客観的に見た側の方で、自分自身との擦り合わせをどう上手く処理するかの問題ですね。

※少し話はズレますが、「○○追い」をなされている方の「反盲目的評価」は、個人的に非常に価値が高いものと考えております。「ファンであるからこその苦言」、「マニアであるからこその指摘」というのは、なかなか「愛」が邪魔をして難しい作業になってしまいますが(爆)、これはもう間違いなくレビューの中でも最上級に位置するほどの価値あるものと認識しております(あくまでも「愛」が感じられないと意味がないのですけどね^^;)。

 ところで「追われるほどの有名デザイナー」といえば、古くは「シド」や「トイバー」、「クラマー&キースリング」や「クニツィア博士」などもそうですね。最近ですと「フェルド」や「ワレス」、「フリーゼ」なんかも追っているファンは多いことでしょう。

 「追われる立場」にある方に共通する部分というのは、やはりそれだけの実績があるのは当然として、同時に「追うほどの作品を継続的に世に送り出す」といういわゆる「多作ぶり」も示さなければならず、これはもう一握りの天才に課せられた一種の「使命」でもあるわけですけど、これが非常に「茨の道」でもありまして、どんなに天才でも「毎回毎回傑作はモノにできない」という部分はどうしても避けられません。

 ですので、毎度毎度

「やっぱ○○は最高だよなぁ~♪」

 という「○○追いの最高の感想」を追い求めて今日もまた新作の蓋を開けるわけですが、毎回コレを感じられている時期というのは、本当に幸せがずぅ~っと続くので、どんどん「愛が盲目的w」になっていくわけですけど、その頻度が減る度に欲深いファンは、「自分の愛の深さ」を再確認させられることになるんですよね(笑)←まぁ私のことですけど^^;

 最後に「○○追い」の理由が、ちょっとあいまいな方がたまにおられるという話をしておきます。「自分は○○というデザイナーが好きなんですよね」という話はまぁこの趣味を続けていれば良く聞く話だとは思いますけど、「へぇ~○○のどの辺が好きなのですか?」と伺うと、「面白い作品を作るから」という抽象的な理由が前面に出てきてそこで会話が終了してしまい、いまいちピンとこないときが結構あります。

 まぁこの辺のファンが自分の好みを上手く説明できないってのも何となくは分かるのですが(別に好きなものは単に好きなんですからね^^;)、逆に上手く理由を聞かされたときは「なるほどこの人はそういうタイプの作品が好きなんだな」というのが良く分かって、それ以降何か別の作品をオススメしたり、あるいは例会に用意する作品を選んだりするときに非常に参考になったりします。

 これは同時に逆のパターンのときにもいえることでして、実際に「○○嫌い」というケースもあるのですが、その嫌いな理由がやはりあいまいという場合も結構あります。単にその特定の作品が嫌いなだけなんじゃないの?という部分は否めず、まぁでも滅多にないレアケースですから気にもしませんけど(爆)。

 物事流行廃りは当然でして、どんなものでもいつかは飽きられる時が来るものですが、一般的に「新作追い」で闇雲に作品を貪るのも1つの方法ですが、その中で対極的に存在しながらも、また同時に特定の対象物を追い続ける「○○追い」というものの美学が残っているうちは、私はその趣味は安泰なのではなかろうかとさえ考えております。

 皆さんも「○○追い」を目指してみるのはいかがでしょう?byタカハシ
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