ここは新潟でボードゲームを楽しむ人達のための集会所です。

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 今年もアッという間に師走ですね。およそ2ヶ月ぶりのコラムですか。まぁ今年はこれでコラムは書き収めかな?結局今年は年初からくだらない話ばかりを続けてしまいましたが、意外にも本年度はこうして自分なりの意見というか、現状のボ-ドゲ-ムシ-ンに対して、あるいはボ-ドゲ-ム自体に対して、その人なりの思いストレートに表現する現象が結構増えた印象を抱いております。決してウチが呼び水になったわけではないでしょうし、私自身さほど有益なことも言っている自覚もないので、他の方の貴重な御意見の数々については、単純にありがたく拝読させていただいた次第ですが、どうかウチは他ほどレベル高くないので、面倒な人は読まずにささっと流してくださいね^^;

 さて、本題です。

 普段よほどポ-カ-(ホールデムポ-カ-)に慣れ親しんでいる方でないと、あまり聞きなれた単語ではないと思うのですが、ポーカ-の専門用語に「ティルト」というものがあります。

 元々は「とがっている」とか「他人を口撃する」みたいな意味を持つ単語なんですが、ポ-カ-ではよく「ティルト状態になる」みたいな感じで使用します。

 具体的には、プレイヤ-が「集中力が切れてしまった状態」、「冷静な判断ができなくなってしまった状態」を意味してまして、「あぁ、あいつは遂にティルト状態になってしまった^^;」みたいな感じで使用されるケ-スが多いですね。

 今回はこの「ティルト」という現象と、ボ-ドゲ-ムとの関係の話です。この「ティルト」に関しては、普段私たちが慣れ親しんでいるボ-ドゲ-ム(特に戦略性の高いフリ-クゲ-ムや、多人数でのマルチゲ-ム)においても、かなりの頻度で起こりうる重要な問題です。

 いわゆる「ティルト=プレイヤ-がキレてしまう」状況は、本来の和やかな雰囲気を一発でぶち壊しかねませんし、ましてやキレた末に他人を高圧的な態度・言動を伴って攻撃するような場合には、下手したらそのあとの人間関係にまでヒビを入れかねないケ-スもあったりして、一般のオ-プンなゲ-ム会とかでは、(たとえ一期一会の関係であっても)相当嫌悪されるものであると思います。

 では何故ボ-ドゲ-ムと「ティルト」の関係性について私が述べなければならないのか?

 一般的に、「ティルト」状態に陥る要素としては、「理不尽な状況の発生」に集約されるといわれてます。そして特にフリーク向けのボ-ドゲ-ムには、「不運な展開が続く」とか、「他のプレイヤ-から(不当に)攻撃を受ける」とか、「狙っていた戦略を妨害される」など、実に様々な「ティルトに陥る可能性がある要素」がたくさん詰まっているわけです。

 また仮に4人で遊んだ場合、実力が拮抗しているとするならば勝利できるのは大まかにいって4回に1回。逆に言えば4回に3回は負ける(少なからずフラストレ-ションが溜まる)わけですから、相当熟練のプレイヤ-であっても、常に「ティルト」を避けて通るのは困難な作業といえるでしょう。

 しかしながら、ここで非常に重要な点は

真剣にプレイしているプレイヤ-ほどティルトに陥りやすい

 ということです。

 よく仲良しこよしの雰囲気を極端に重視するあまり、「ティルト」を完全否定するようなアレルギ-反応的発言をする人がいますが、これはある意味「ティルト」状態に陥る人よりももっと厄介です。

 人は真剣にプレイすればするほど、ゲ-ム上デザインされた「理不尽さ」にいやがおうにも翻弄されてしまうわけです。ですから、「プレイヤ-は俳優の境雅人のように常にニコニコ微笑みを湛えているべきだ」みたいな考えを持っている人は、逆に一緒にプレイしていても全くつまらないですし、逆に何も考えていないようで気持ちが悪いです。

 うまくいったときは喜びを、うまくいかなかったときは悔しさや悲しさを、いかに相手に対してストレ-トに表現できるか。ボードゲ-ムの本来の一番の醍醐味は、まさにココにあるといっても過言ではありません。

 そして前者(喜び)に関してはかなりの人が無意識にクリアできているのに、後者(悔しさや悲しさ)に関しては、極少数の人しかクリアできていない(受け入れられていない)のは、奥ゆかしさを美徳とする日本の文化の影響ももちろんあるのでしょうけど、そもそも最初から「ティルト」とうまく向き合おうとしない姿勢も、その原因の1つといえるのではないでしょうか。

 最初に戻って、私はなにも「ティルト」を推奨しているつもりはありません。

 しかし、「ティルト」は真剣にゲ-ムを遊んだ結果の「(負の)副産物」であり、しかしそこを毛嫌いするあまり、本来のゲームが内包するポテンシャルを損なうのは本末転倒な感じがするわけです。

 思い返せば、誰しもみんな、親しい友人同士で口汚く相手を罵り合いながら、それでも笑いと信頼感を頼りにワイワイ遊んだ思い出が一番楽しかったのではないでしょうか?

 プレイレポ-トに関してもそうです。喜怒哀楽の喜と楽しかないような、日記みたいなレポ-トよりも、プレイヤ-同士の怒や哀がしっかり描かれているレポ-トの方が、ドラマチックな感情の推移がそのまま迫力と厚みを加えることになり、見ていて100倍面白いわけです。

 ようは、「ティルト」に陥いりそうな状況を、いかに冷静に楽しめるか?また一度「ティルト」に陥ってしまった場合には、いかにそこから早く復活することができるか?ここが一番重要なポイントといえるのではないでしょうか。

 一緒に遊んでいる人が「ティルト」になってしまったら(あるいは陥りそうになったら)、さりげなく冷静さを取り戻すように面白い話題を振りまいてみる。

 もし自分自身が「ティルト」に陥りそうになったら、逆に今こそ(自分の不幸な状況をネタに)笑いが取れるチャンスだと考えてみる。

 さらには、どうしようもない「ティルト」状態になってしまったら、一旦ペンディング(中断)してもらうか、(良い形で)投了して次のセッションに移ってもらう。

 このようなちょっとした一工夫が、きっとセッションを1回りも2回りも印象深いものにしてくれるはずです。

 「ティルト」は同卓のプレイヤ-を不快にさせる最も恐るべき心理状況であり、できれば誰しもそれに陥りたくはないものですが、一方でうまくその対処方法を身につけさえすれば、プレイヤ-としては1段階も2段階も上のランクに上がることができ、その人が入る卓では、常に豊かな表現が飛び交う素晴らしいセッションが繰り広げられることとなるでしょう。

 くれぐれも「ティルト」を極端に恐れるあまり、無表情になったり、会話をしないようになったり、極端な平和主義になってしまったりするのは、「ティルト」状態のプレイヤ-を生むことよりもなお、つまらないセッションになってしまう可能性があることを忘れてはいけません。

 また、ポ-カ-の場合は、「ティルト」に陥ったプレイヤ-は他のプレイヤ-からしてみれば完全なる「カモ」になるわけで、いうなれば自分自身がそうならないようにセルフケアすればそれで済む問題なのですが、ボ-ドゲ-ムはあくまでも「みんなで楽しむこと」を前提としているわけですから、自分自身がそうならないように気を付けるのと同じレベルで、一緒にプレイしている仲間がそうならないようにケアする必要があります。

 「ティルト」を嫌悪するのではなく、あくまでも不可避の副産物として、常に起こりうるソレといかに上手に向き合うか。このコンセンサスが予めメンバ-全員で確立されるようになれば、ボ-ドゲ-ム文化は確実に1つ先の領域に踏み込めるのではないかな?と想像してます。

 繰り返しになりますが、この趣味を(フリ-クとして)続ける以上、「ティルト」は常にあなたの傍にいる危険な存在ではありますが、それは決して忌避すべきものではなく、むしろいかに上手に向かい入れるかが問われる問題であるといえるでしょう。(自分自身も含めて)誰かが「ティルト」になった場合は、それはその人が真剣にゲームに取り組んだ結果なのだということを理解したうえで、そこからすぐにいかに場の雰囲気を戻せるかに頭を切り替えられるようになれば、その人は最高のプレイヤーの1人に数えられるかもしれません。

 もちろん、個々のプレイヤーの器の大きさやユーモアのセンスにかかっていることでもあるので、誰しもがそのようなムードメーカになれるものではありませんが、「ティルト」を上手くコントロールできれば、意外なほどゲ-ムに対する「見方」が変わると思います。byタカハシ
コメント
この記事へのコメント
初めまして。

ボードゲーム歴は浅いのですが、
素晴らしい記事だと感じ、失礼ながらコメントさせて頂きました。

深く勝負に入り込めば入り込むほど、ままならぬ事態に対しての怒りや悔しさは避けられないものです。

よくプレイする仲間に感情を抑えるのが不得手の者がいまして、空気を悪くしているのではないかと当の本人も悩んでおりました。

ティルトしてしまった人間を子供じみていると切り捨てるのではなく、周りが心情を理解して受け入れることこそ大人の態度であるという考え方は、プレイ環境の維持に非常に大事なことだと感じました。
大変勉強になりました。
2011/12/19(月) 01:44 | URL | 通りすがり #-[ 編集]
通りすがりさんこんにちわ。

> 深く勝負に入り込めば入り込むほど、ままならぬ事態に対しての怒りや悔しさは避けられないものです。
>
> よくプレイする仲間に感情を抑えるのが不得手の者がいまして、空気を悪くしているのではないかと当の本人も悩んでおりました。
>
> ティルトしてしまった人間を子供じみていると切り捨てるのではなく、周りが心情を理解して受け入れることこそ大人の態度であるという考え方は、プレイ環境の維持に非常に大事なことだと感じました。
> 大変勉強になりました。

こちらこそ恐縮です。

私はこの趣味の良いなぁ~(優れているなぁ~)っていう部分の1つに、普段の社会生活では絶対にタブ-な「相手に負の感情を向ける」っていうことが許容される点が挙げられると思うんですよね。

もし仮に1つだけゲ-ム文化の良い点を挙げるとするならば、やはりそれは「相手との競争意識を養える」っていう部分であり、それに伴って、少なからず相手への闘志をむきだしにするみたいな部分は、私はもっと許容されるべきではないのかと思うわけです。

つまり特定のゲ-ム空間だから、あるいは親しいゲ-ム仲間同士であるからこそ、ある程度のトラッシュト-クはものすごいスパイスとなってゲ-ムの楽しみを深めてくれるのではないでしょうか。

一方で、実際のスポ-ツでも、度を越えた相手への侮辱はレッドカ-ドですし、親しき仲にも礼儀ありではありませんが、裏切り&騙し合いが常套のボ-ドゲ-ムでは、あまり激しく不満を爆発させてしまうと場の雰囲気を壊しかねません。ましてや、オ-プンなゲ-ム会なんかでこれをやると、確実に白い目で見られてしまいます^^;

しかしながら、昔からゲ-ム会の、あるいはセッションのマナ-として忌み嫌われてきた、いわゆる「ティルト行為」に関しては、私は常々それは排除するよりも受け入れるべきものなんじゃないかな?という考え方を持ってきました。

もちろん受け入れるにはその場の全員のコンセンサスが必要ですし、強い信頼関係があって初めてそれは達成させられるものでしょうから、必ずしも一般的な意見として成立するとは思ってません。

ただ、これは私自身が田舎のゲ-ムサ-クルを主宰していて、今現在あまりにも小さいコミュニティの中で生きている人間だからこそそう感じるのかもしれませんが、私はボ-ドゲ-ムという趣味を通じて、相手とそういう心を許せる関係が築きたいと思ってます。

そのためには、雨降って地固まるというわけではありませんが、ときには喧嘩し、そしてときには笑いあう。そういうマイナス面をも許容する関係を目指したい。もしかしたらそれは、人によっては相手に依存してるというか、甘える行為だという意見もあるでしょう。しかし私にはそれが理想の姿なんですよね。

そして、今までの経験上「ティルト」はまさに相手との心の距離を縮める最大のチャンスだと思ったので、今回このようなコラムを書きました。こういう問題児(行為)!?に対するコラムはすでに何度もあちこちで議論され続けてきた話題なのですが、その度に心の隅に引っかかっていた部分をちょっとだけ吐き出した次第です。

「ティルト」を上手にコントロ-ルなされて、(通りすがりさん御自身も含めまして)そのキレやすいというゲ-ム仲間さんと、素晴らしい信頼関係&ゲ-ム仲間意識をお築きになられますことを心より願います。お越しいただきありがとうございました。
2011/12/19(月) 09:57 | URL | タカハシ #-[ 編集]
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