ここは新潟でボードゲームを楽しむ人達のための集会所です。

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 暫くゲーム会も、月例会も無しということで、更新も滞り気味のNBGCです(笑)。

 今回は例によって定期的にサイクルしている「ボードゲームの布教」という行為に対する小さな違和感についての話。

 今年は非常に辛い災害が発生したこともあり、非電源(アナログ)ゲームへの注目が多少高まったような風潮が流れてますが、普段なかなか同好の士に巡り会うことが少ないボードゲーマーがこの風潮にすぐに乗りたがる気持ちもわからなくは無いのですが、どうもここ最近の「布教」一般に対しては、私自身何とも言えない違和感を感じてます。

 新聞や雑誌でも非電源ゲームの記事が取り上げられたりすること自体は、私自身も身近な趣味に対する理解が増え、大人でもゲームを楽しむという文化がもっと広がって、偏見が少しでも減ればとても嬉しいことではあるのですが、どうも「布教」ということになると、いろんな人が意見を述べている一方で、どうもそれらに対する違和感を感じてしまう自分がいます。

 いわく、「簡単なルールで」、「短い時間でも楽しめる」、「あまり頭を使わない」作品がベターという感じで、上記の新聞や雑誌に取り上げられている作品も、そういう傾向が色濃く出ているように感じます。

 もちろん、家族や普通の仲間同士で遊ぶということであれば、これらの条件は外せない重要なファクターです。私自身もこの趣味を続けている原点は幼い頃に従兄弟同士で集まった際に遊んだトランプゲームや人生ゲームとかにありますから、今回こういった記事に触発されて、帰省先で少しでも多くの人がアナログゲームに触れてもらえたならそれはそれで素晴らしいことだとは思います。

 一方で、「簡単なルール」、「短い時間で遊べる」、「あまり頭を使わない」という条件は、自分がこの趣味(ドイツのボードゲーム)に心惹かれた条件とはほとんど全く一致しないことは非常に戸惑いを覚えてしまいます。

 そもそもドイツゲームの魅力って何でしょう?

 この問いに関しては、人それぞれ色んな意見があるとは思いますし、その1つ1つを否定はしませんが、少なくても私自身はドイツゲームの最たる魅力は「複雑なルール」、「それが見事に機能したシステム」、「高い戦略性とインタラクション」、「美しいアートワークと(木製の)駒」と思ってますから、それとは正反対の作品を布教に推す風潮にはどうしても違和感を感じてしまうんですよね。

 「アナログゲームを布教する」ということと、「ドイツゲームを布教する」ことは少し違うんじゃないかなぁ~と。

 もちろんドイツゲームの定義が変化(進化)してきているのは事実で、私が感じている魅力に対するウェイトが徐々に薄れてきているのは理解してますし、例えば映画が2Dから3Dへ移行した際にどっちがどっちを批判するではなく、そのいずれもが魅力を持っているのは当然なのですが、例えば走り屋の人がマニュアルのスポーツカーに拘るのと同じような感じで、多少のこだわりみたいな部分はどうしても残るでしょう。

 私自身のボードゲームに対する「布教」へのスタンスは、以前も述べましたがかなり悲観的なものといえます。もともと趣味というものは「好きな人がとことん楽しむもの」という考えがあるので、できるだけその「魅力」は提示したいのですが、その一方で、無理に他人をこの趣味に付き合せよう(たい)とかいうような気持ちは全くといって良いほど持ち合わせてません。

 ですので、結構多くの人が「マニアの閉鎖性」を布教への弊害と捕らえているようですが、私はむしろそういった閉鎖性というのはどの趣味にもある当然の現象で、むしろそういった「敷居の高さ」とか、「なんか難しそう」とかいう壁を越えた先にある、(それでもその壁を越えたいと思わせるような)魅力を提示することこそ「布教」なんじゃないかな?と考えてます。

 最近の国内ボードゲームの「布教」のスタンスは、その壁の高さをいかに低くするか?みたいな部分にフォーカスをあて過ぎているような気がしませんか?トランプやウノと同列にドイツゲームを布教しても、私は勝てる(前者以上に魅力を提示できる)とは思えません。気軽に遊んでもらうというハードルをクリアしたいがために、大事な魅力の多くを放棄しているとなればこれは本末転倒です。

 なぜトランプやウノではなくボードゲームを遊ぶのか?

 布教というのはあくまでも導入であって、今まで興味が無かった人をいかにこの趣味に引き込むか、あるいは紹介するかという問題だと思うのですが、やはりトランプやウノ、人生ゲームとかとは決定的にここが違うんだよ!みたいな魅力が提示できる作品を持って行わないと意味が無いのではないでしょうか?

 繰り返しになりますが、あくまでもこのコラムは「アナログゲームの布教」と「(ドイツ)ボードゲームの布教」は異なるという前提に立ってます。アナログゲーム(非電源ゲーム)全般の布教となれば、そもそも話が違います。ここ最近感じる違和感の正体は、私はどうもこの2つの「布教」の混同にあるように思えてなりません。

 そもそも遊んでもらえなかったら駄目だから、最初から難しい作品は勧められないというのは一理あるのですが、最終的な目標(同好の士を得る)を踏まえれば、必ずしもそれが最善とはいえないのではないでしょうか?せめて難易度の低い作品を導入に選ぶにしても、すぐその後に続く作品を用意できるくらいの周到さは持ち合わせていて欲しいですね。byタカハシ
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