ここは新潟でボードゲームを楽しむ人達のための集会所です。

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 ドイツ年間ゲ-ム大賞に『クァ-クル』が輝くという衝撃のニュ-スから暫く経ちました。今回の審査員たちのセレクションに対しては、ドイツ国内外で色々と賛否両論意見が飛び交ったようですが、日本ではさほど批判的な意見は聞かれませんでしたね(むしろ後追い的に受賞の経緯を分析なさる方はチラホラおられたようですが、結局のところ従来のライト志向を踏まえた結果論以上の鋭い意見は極少数だったように思えます)。

 もともとフリ-クはライトゲ-ムを非常に軽んじる傾向があって、なかなかその存在価値に気づかないまま的外れな批判をしてしまうという残念な傾向があると思います(私自身も身につまされる部分が非常に多いです><)。小難しいゲ-ムこそがボ-ドゲ-ムなんだと、勝手に決めつけてしまうことで必ずしも正当な批判には至らないケ-スがありますから、今回の件を軽々しく批判することはなかなかできません。

 ですので、TGIWのおのさんも、一連の批判については「マニアを対象としていない賞に文句を言うマニアの愚(コチラ)」とおっしゃってましたけど、確かにそう揶揄されてしまうのもわからなくもありません(まぁおのさんのような方がそのような御意見を持たれるのは少し残念ですが・・・)。

 しかしはたして批判は本当に「愚」かな行為だったのでしょうか?本国でも事前に『クァ-クル』の受賞を予想していた人は1割にも満たなかったですし、TGIWの今月のアンケ-トでも、受賞が妥当だと思っている人は全体の約2割しかいないのが現状なのですから、それに対する批判みたいなものはある意味当然のようにも思えます。

 まぁ大抵こういう皮肉をいう人間もマニアだったりするわけですから、目くそ鼻くそじゃないですけど、余計なことをいう奴に対する単なるやっかみだという部分は多いのでしょうね(笑)。実際起きてしまった事象に対してあまりゴチャゴチャいっても始まりませんし、否定的にとらえるよりもできる限り肯定的にとらえた方がより建設的な部分は多いわけですから、私自身何も批判を推奨するつもりはありません。

 しかし、一方できちんと物事(事象)を検証するというのはこれは結構大事なことのように思います。そして誰かが今回の件に対して批判的な意見を述べていたとしても、それに反対する意見をきちんと持っているのであれば、その自分自身の意見を単に主張すればよいわけで、あたかも批判することが「愚かな行為」みたいに陰でコソコソ馬鹿にする必要はなく、むしろその結果として今回の件があまり検証されないままスル-されてしまったのであれば、それはちょっと残念な気もしました。

 話を戻しますが、私は今回の件に関しては大きく3つの要素があったと考えてます。1つはエキスパ-ト部門の新設によるレッドポ-ンの新たな位置づけへの変化、1つは「アブストラクトゲ-ム」というテ-マを持たない作品が選ばれたこと、そして最後はドイツではない海外の数年前の作品が選ばれたということです。

 1つ目のレッドポ-ンの新たな位置づけですが、これは「赤いポーンの本大賞は普段遊ばない人をターゲットにすることがより明確となりました」というおのさんの御意見に全く同意見でして、エキスパ-ト部門を新設したことによって、はじめてボ-ド(アナログ)ゲ-ムに触れる人間に完全にタ-ゲットに絞り込むという、この10年間ずっと続いていたファミリ-路線をさらに推し進めたものといえるでしょう。

 ただなぜ、ここまではっきりと傾向を示す必要があったのか?この点に関してはまだまだ議論の余地があると思います。色々と考えられる部分は多々あるでしょうし、簡単に答えが導き出せるものではない気もしますが、私としては単純にいえば「マニア向けの作品を供給し続けることの限界」があったのではないかと想像してます。つまりありていにいえばマニア相手ではもうこれから先商売が成り立たないということです。

 考えてもみれば、これはある意味必然な流れなのかもしれません。もともとは(それこそ『アクワイア』みたいな歴史的な名作もありましたが←『アクワイア』はアメゲーだけどねw)ドイツゲ-ムはファミリ-向けが中心だったのに、『カタンの開拓者』というボ-ドゲ-ム界のマイケル・ジョ-ダンが現れたことで、非常にたくさんのマニア・フリ-クを生み出してしまった。1995年の登場から2000年の『トーレス』まで、あまりにもフリ-クにとって魅力的な作品がゲ-ム大賞に選ばれ過ぎた結果、本来のファミリ-志向が失われてしまいがちになった(つまり95~00年まではある意味異常な状態だったともいえるでしょう)。

 私は2000年から2010年はヘビ-ゲ-マ-とライトゲ-マ-の2極化が進んだ時代だったと思ってますが、『カタンの開拓者』の衝撃に、良い意味でも悪い意味でもフリーク向けの複雑(かつエレガント)な作品に魅了されてしまったプレイヤ-が増えたことで、それ以降は「ファミリ-で遊ぶ」という大事なことをすっかり忘れたフリ-クどもが、ある時期を境に一定のマジョリティを得てしまったのだと思います。

 ですから、マニアはマニア向けではない作品がドイツゲ-ム大賞に輝くことに対して文句を言うわけですし(実際は半ば諦めている人がほとんどで、実際に文句を言っている人はあまりみかけませんが^^;)、一度知ってしまった蜜の味は忘れられませんから、「ボ-ドゲ-ムたるやかくあらん!」みたいな意見が堂々とまかりとおるようになってしまったのでしょう。

 しかし、我々(マニア)が本来は望むべくして生まれたものではない存在だということを、ドイツ年間ゲ-ム大賞は延々と、黙々と、粛々と示し続けてきたともいえるわけですから、そのささやかなレジスタンスは2011年にようやくブラックポ-ンの新設という形で終戦を見たといえるのではないでしょうか?

 個人的には私は当然マニアですから、ブラックポ-ンよりもむしろグリ-ンポ-ンみたいなものを設けて、逆に「初心者・ファミリ-向けの賞」を新設して欲しかったくらいですけど、本来のボ-ドゲ-ムの姿からすれば、今回の一連の流れ、レッドポ-ンの新たな位置づけは当然の帰結だったのだと思います。

→結論 やはり結果論になってしまう嫌いはあるが、『クァークル』は対象をファミリーあるいは初心者という風に捉えれば至極妥当な作品だろう。

 次に、「アブストラクトゲ-ム」が選ばれた要因ですが、これもまたボ-ドゲ-ムの本来の姿、すなわち「簡単なル-ルで誰でも遊べる」という路線を突き詰めた結果、初心者を相手にする際には不必要ともいえるダラダラしたインストを思い切って排除し、むき出しのル-ルそのものをシンプルに楽しんでもらおうという思考が審査員達の中に働いたんだと思います。

 もともと歴代のドイツ年間ゲ-ム大賞受賞作の中にも「アブストラクトゲ-ム」がなかったわけではありません。古くは『ラミ-キュ-ブ』や『フォ-カス』。最近だとクニツィア博士の『ケルト』なんかもある意味「アブストラクトゲ-ム」といっても良いかもしれません。テ-マを設けない(あるいは設けたとしても希薄)ことで、システム自体が持つ面白さのみで勝負しなければならないので、ある意味もっとも正統派のゲ-ムともいえるでしょう。

 一方で、正統派である反面、面白みに欠けるのが「アブストラクト」の欠点でもあり、長らく「テ-マとシステムの融合」もドイツゲ-ムの魅力と感じてきた人にとっては、シンプルな面白さがそれを上回る難しさというものを知ってますし、初めて海外のボ-ドゲ-ムを遊ぶ人に対して「どうだい?これが今年ドイツで年間ゲ-ム大賞に輝いた作品さ。面白いだろ?」と薦めづらいことも直感的に理解できてしまいます。

 私がこの趣味を始めた当初は、やはり多くの方と同じでまずはドイツ年間ゲ-ム大賞に輝いた作品から遊んでいきました。そして、毎回必ずといってよいほど「何て面白いんだ!」と感動させられました。そしてその感動の内訳の多くの部分は、魅力的なシステムとテ-マの融合にこそありましたから、正直古典回帰ともいえる「アブストラクトゲ-ム」が選ばれることに対しては少なからず抵抗を感じてしまいます。

 実際に遊んでいないので軽々しくコメントできないのがもどかしいのですが、ルールを読んだ限りでは、はたしてこの『クァークル』という作品を遊んで、この趣味(海外のボードゲーム)に魅力を感じてくれる人がどれくらいいるのでしょうか?素朴ですが単純にそのような疑念を私は抱いてしまいます。私自身が心底魅了されたドイツゲームの面白さとは、遠くかけ離れた作品が、今やレッドポーンに選ばれる時代になってしまったショックは、きっと同時期(95~00年辺り)のドイツ年間ゲーム大賞作品に痺れたファンの方には共感していただけるのではないかなと、勝手に想像したりしてます。

→結論 アブストラクト作品として魅力がないわけではないが、多くの人々をこの趣味に惹きつけるという部分では今1つパンチ力に欠けるであろう。

 最後に、もともとは海外の作品で、しかも結構なタイムラグを経て受賞にまで至った件につきましては、多少複雑な思いが残ります。物凄い歴史に残る名作と言えるほどの作品であれば、たとえタイムラグがあったとしても受賞する意味はあると思いますが、申し訳ないですけどマニアの間では数年間ほとんど話題にも上がってこなかった作品ですから、それほど歴史的な名作だとは思えません。

※少し話が脱線しますが、『クァークル』を子供ゲームという意見があるようですが、私はその意見には反対です。確かにフリークにとってみれば「存在価値」としては子供ゲーム以下だとは思いますが、ゲーム自体はそれなりに考え所のある作品だと想像できます(あくまでもプレイしてませんので、実際プレイしたら意見が変わるかもですけど^^;)。

 ボードゲーム界では常に最先端をいくと思われていたドイツの、しかも最高峰レベルの権威ある賞に輝く作品が、数年間埋もれていた海外の作品というのは、これはちょっとした事件です。もちろんこれで『クァークル』という作品にきちんと光が当ったという事実は事実として評価すべきことですし、『クァークル』という作品が歴史的な名作と呼ばれる可能性も0ではないでしょうけど(限りなく低いと思いますが^^;)、「ドイツゲーム」というブランド力は相当低下したのではないでしょうか。

 一方で、海外のメーカー&デザイナーにとっては、今回の流れは悪くないでしょうね。シンプルで良質の作品を提供していれば、もしドイツのメーカーに拾われれば多少のタイムラグがあっても大賞の授賞まで有りうると思わせてもらえたでしょうから、今後はドイツ国内外のメーカーやデザイナーに多少の影響を与えるのは、これは必至といえるでしょう。

→結論 単に不作の年だったというだけだけでは済まされない結果。今後のリリース作品に対し、ドイツ国内外を問わず少なからず影響を及ぼすであろう。

 繰り返しになりますが、時代は2極化の際まで来ていると思います。最近は特にフリーク向けの作品と、そう得ない作品の差が激しく、ドイツ周辺の国々がこぞって良質のマニア向け作品をリリースしてきた反動が、遂にドイツ本国に影響を及ぼしたわけですし、我々日本のような遠い島国でもその波及効果を受けつつあります。

 フリークにとっては、夢のような時代は過ぎ去りつつあり、これから先はヘビーとライトの混沌の中でのゲームライフを余儀なくされることでしょう。今回まずはドイツ年間ゲーム大賞自身が、本当のゲームとはこういうものだと言わんばかりに、あえて古典回帰を示したわけですが、私の今までの経験からいうと、一周回って古典回帰みたいな状況は、正直ジャンルとしての発展性はあまり感じられません。

 逆に受け皿をあまりにも広げすぎると、いろいろな部分でヒビが入りやすくなるでしょうね。サークルとしても、これから先はマニア以上に初心者やライトプレイヤーを受け入れなければならない時代ですから、その辺のバランス感覚は常に敏感にコントロールしていかなければならないでしょう。自分自身が感銘を受けた作品が、いよいよ一般的に受け入れられないときが来たら、サークルとしての活動も自動的に終わりを向かえることになるでしょうねぇ~。

 まぁそれまでは、できる限り参加者の皆様に楽しんでいただける月例会を心がけていこうと思います。基本的に重ゲー大好き人間ですので、ついついフリーク向けの作品を遊んでしまいがちなのですが(笑)、できる限り頑張りますので、よろしくお願いしますね^^;byタカハシ

追伸:私自身、実は今回のノミネート作品に関してはほとんど遊べておりません。ですので本来であれば一番有用な比較論(コチラの作品の方が優れていた)みたいな部分に触れられなかったのは非常に残念な部分でもありますので、その辺は他の優秀なレビュアーの方に是非ともお任せしたいと思います。特に下馬評が高かった作品が選ばれなかった理由なんかはもっと分析されてしかるべきだといえるでしょう。自身の至らなさをお詫び申し上げますとともに、(もし観ていらっしゃる方がおられましたら)何卒フォローの程よろしくお願いいたします。
コメント
この記事へのコメント
秋田ボードゲーム倶楽部
とても参考になるレビューです。

http://akitaken.dip.jp/abc/log/eid203.html
2011/07/31(日) 21:23 | URL | タカハシ #-[ 編集]
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