ここは新潟でボードゲームを楽しむ人達のための集会所です。

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 先日知り合いの方にこんなことを言われました。

「君のボドゲレビュ-は必要以上に褒め過ぎで、けなし過ぎ(笑)」

 うん、まぁそれは自覚してますけどね^^;

 ということで、今回は「提灯記事の是非」についてのコラムです。

提灯記事-ちょう・ちん・きじ-

他人のために、その長所や業績を誇張して宣伝する記事。

~広辞苑~

 この趣味に関するホームペ-ジ、ブログはここ数年でえらい数増えたなぁ~と思うのですが、こと国内のサイトに限っていえば、当NBGCも含めて、正直どこも似たり寄ったりの印象は否めません。

 その理由の最たるものが、やはり私は「提灯記事」の存在だと思うんですよね。ボードゲ-ムをプレイした感想、あるいは紹介記事の多くが、どうもやんわりとオブラ-トにくるんだような、どことなく当たり障りのない言葉を選んで書かれているように思えます。

 まぁ「提灯記事」というのは、ある対象物を実際のもの以上に持ち上げることですから、読者に必要以上にマイナスの付加価値を与えないようにする(ネガティブコメントを控える)というのは、この場合少しニュアンスが違うとは思いますが、やはりメリハリの少ない記事というのはどうもつまらない印象を受けてしまいます。

 私の場合、「提灯」する理由は(別に無理して提灯しているつもりもないんですけどね^^;)これは明確でして、自分でオススメとして紹介する作品に関しては、実際にプレイした感想として「面白かった」という確固たる自信があるのと、既に購入する以前に「これは面白いだろうなぁ~」というある程度の予測が立っているからなんです。何でもかんでも美味しい!と連呼するグルメリポ-タ-よろしく、ある意味最初から美味しいお店を狙って入っているわけですから、事前の脳への刷り込みはとても大きいものがあることは、これは否定できませんね。

 一方で、ネガティブなコメントをする理由は、これも至ってシンプルで、どんな作品に対しても、自分の気持ちに正直に答えるようにしようと思っているからです。つまらないと思ったものは、何故つまらないと感じたかを自分なりに分析して、率直にそれを言おうと決めてます。別に格好をつけるつもりもありませんが、自分(の感性)に正直でいることこそレビュアーとしての最低のマナーかなと勝手に考えてます。

 普段私達がレビュ-をする理由には、他の人にその作品に興味を持ってもらいたいというもの(紹介記事)、自分なりの感想を伝えたいというもの(評価記事)、それ以外にもシステムを分析したいとか、その目的はいろいろとあると思いますが、まぁ大まかに分類すれば「紹介」か「評価」の2種類だといってよいでしょう。

 「紹介」がメインの場合。これはネガティブなコメントは書けません。記事を読んで興味を失ってしまう人が出てしまったら大変です。ですからこの場合「提灯記事」が出現する確率は意外と高いといえます。オモシロポイントはできるだけフォ-カスして、クダラネポイントはできるだけ触れない(触れてもオブラ-トに包む)。基本的にレビュ-の目的は面白さ・楽しさの「共感」ですから、作品の「良い部分」だけを積極的に見せればよいわけです。

 逆に「評価」をメインの目的とした場合は、意図的な「提灯記事」というのは、これは少ないでしょう。そもそも「提灯」する理由がありませんからね。ただし、他の大勢の人が面白いと連呼しているから、それに流されて自分の意に反して好評価のレビュ-を書いてしまう人や、あるいはネガティブなコメントに関しては、やはり他人(読者)の目を気にしてセ-ブする(してしまう)人は少なからずいらっしゃることでしょう。

 大体ネガティブコメントって書きづらい部分が多いですからね。この趣味の性質上、何度も繰り返して遊んだ上での結論じゃない場合も多いですし、自分以外にその作品を気に入った人もいる可能性は否定できないという事実の前では、あからさまに作品を批判するわけにはいきません(特に他の人の所有ボ-ドゲ-ムを貶すのは、遊ばせてもらった上に「面白くない」とかいうわけですから最低ですよね←私はよくやりますが^^;)。よっぽど自分の鑑識眼に自信がある人とか、周りの目を気にしない人とか、(私みたいに)頭がイカレテル人(爆)でないと、スバッとレビュ-を書くのはかなり勇気が要りますし、難しいといえるでしょう。

 それでもですね。これあえて批判を承知で言わせていただきますけど、やはり「提灯記事」って読んでて面白くないんですよね。

 どこかオブラ-トに包んであるのがわかるというか、歯に物が挟まっているような感じでレビュ-されているのがわかってしまうと、その(記事の)面白さが全然伝わってこないというか、この人どんなゲ-ムを遊んでも面白いっていうなぁ~とか、いつも同じ点数なんだよなぁ~とか(笑)、そのレビュア-の個性が表現されておらず、また客観的に掴みづらいのは、やはり読み手としては面白みに欠けると思うんですよ。

 正直なところ、みなさんネガティブコメントは嫌だ、良くないといいながらも、実はどこかでこっそりと期待している部分は結構大きかったりしませんか^^;?

 私なんか特にそうですけど、「これは面白い!」っていう記事と同じくらい、「こりゃダメだ、くだらね~」っていう記事により魅力を感じてしまいます。しかも、それが特に人気の作品だったりすれば、なるほど、この人はこういう部分が嫌だったんだなぁ~と、あくまでもそれに共感できるかどうかは別にして、そのレアな意見は非常に勉強になるからです。

 ただ、現状それは難しいということは十分理解してます。日本人はとにかく人と合わせないと気が済まない人種という部分がありますよね。面白い作品は、全員が面白いと感じなければいけない!みたいな。

 やはり私もそうですけど自分の価値観に自信が持てないから、どうしてもそういった横並びを期待してしまうんですよね。本当は100人が面白いといっても、その人自身が面白くないと感じたら、それが(その人の)一番正しい評価になるはずですし(もちろんその逆もあるでしょう)。どこかの誰かがあなたのお気に入りの作品をケチョンケチョンに貶していても、鼻で笑ってさえいれば良いだけの話なのですが、どうもそうはいかない。余計なことをいってはいけないみたいな、目に見えないプレッシャーすら感じます。

 その辺どうも日本では昔からネガティブコメントに対するアレルギ-が激しい印象を受けます。もっと他のメジャな趣味のようにネガティブなコメントを楽しむというか、うまく利用するというか、各人が余裕をもって受け入れられる文化に育てばいいなぁ~とずっと期待しているんですけど、なかなかそうはうまくいかないようです。

 あとそれ以外では、やはり皆さん基本的にボ-ドゲ-ムが好き(愛しているw)というのも大きいと思います。大好きなボ-ドゲ-ムだから、絶対に悪くは言いたくない。もっと多くの人に知ってもらいたい趣味だからこそ、できるだけ楽しそうな雰囲気を伝えたい。これはまさにその通りだと思います。前述の例でいえば「紹介」の部分がとても大きいわけですね。

 せっかく仲間内で遊んでみて、面白かったから興味を持ってネットで調べてみたのに、「こんなゲ-ムつまらん」とか、「どこが面白いのかわからん」とかあちこちで酷評されていたら、腹が立つ以前にその人は興味を失ってしまうと思います。普及とかを考えた場合、一番の天敵になりかねないのがそういったネガティブなコメントだともいえるでしょう。

 ただそれでも、それでもですよ。私はあえて「提灯記事」をやめて、もっとネガティブコメントを自由に言うことができる環境作りも、そろそろ必要な時期に来たかなぁ~?と思うんですよね。これだけたくさんのボ-ドゲ-ムサイトが存在するのですから、「紹介」記事を書くのは、ある意味それが専売特許みたいな有名な方に全部お任せして、個人のブログとか小さなサイトではもっと自由にネガティブな「評価」をぶちまけてもらえたら個人的には最高です^^;

 前回私は「年間ゲ-ム賞は本当に偉いのか?」というコラムをあげました。

 いろいろと反響が大きかったようで、普段では考えられないほどのアクセス数がありましたが(ありがとうございます)、あそこであえてネガティブなコメントを連発してみたのは、ある意味一つの実験みたいな部分はありました。あえて「レビュ-」ではなく、「コラム」で紹介したのも実はそれが理由だったりします。

 そしてやはり、多くの方には「ネタ」として捉えていただいた反面、中にはダイレクトに記事の内容を読み込んでしまい、悪意さえ感じる(笑)その記事の内容に対して、心底不快に思われた方も少なからずいらっしゃったようで、ネガティブなコメントの威力というか、その劇薬ぶりにはあらためて驚かされました。できる限りファニ-でシニカルに書いたつもりでしたが、私の至らなさのせいで申し訳なかったです><

 ただ、あんな感じで「ネガティブ」を楽しめるようになれれば、きっとこの趣味も本物といえるのではないでしょうか?

 今まではネガティブなコメントを発するときはフォローを十分にすべきとか、ネガティブに感じた理由をちゃんと示すべきとか、いろいろボードゲームの「楽しさの伝達」を損ないかねない「ネガティブコメント」に対する「予防策」を提案なされる方が多かったですが、ゆくゆくはそういったフォローのあるなしにかかわらず、あるいはネタなどでなく個人の感想としてのより直接的なネガティブなコメントであっても、もっとたくさんの人に大らかに受け入れられるような、そんな懐の深い文化として成長して欲しいと心から願ってます。そのためにはもっともっとボードゲーム自体がメジャなホビーとして普及しないと難しいかもしれませんけどね^^;byタカハシ
コメント
この記事へのコメント
原発問題の当初も、危険性を示唆するだけでアウトな雰囲気、あの封殺感。
どこかで風穴を開けなきゃいけないのに、とそんな思いで見ていました。
信頼とは、賢さや正しさや共感に対するものではなく、その人が言わんとすることが真意であるという一貫性に対するもの、ドラッカーいわく。
論理ではなく、感性に対する一貫性として、このサイトのレビューに信頼を置く者がここにいますよ、と。
2011/05/18(水) 22:50 | URL | ヒバ爺 #-[ 編集]
ヒバ爺さんこんばんわ。

含蓄あるお言葉、感謝いたします。
2011/05/18(水) 23:44 | URL | タカハシ #-[ 編集]
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