ここは新潟でボードゲームを楽しむ人達のための集会所です。

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先日のコラム「リプレイの可能性」によって自身のスタイルを批判されたかのような錯覚を受けたのか、日本ボードゲーム界のパイオニアおのさんが自身のブログで「ノンリプレイスタイル」に関してコメントを寄せていらっしゃいます。

おのさんの「ノンリプレイ」スタイルの理由(詳しくはコチラ

冒頭でおのさんは必ずしも「ノンリプレイスタイル」を招聘しているわけではないことを前文で書かれています。これはリプレイを招聘している私の立場からすれば、そのような前提なしで話を進められなかったことに感謝したい一方で、第一線で活躍なされているおのさん御自身がそのようなスタイルを貫かれていることに関しては、軽々しく公言して欲しくはなかったなぁ~というのが正直な気持ちです。第一線で活躍なされている(特に邦訳なども担当しているとなれば)場合、新作のプレイに追われてリプレイできない状況下にあるのは致し方がない部分として認識できますが、(様々な理由から)積極的に肯定はして欲しくなかったです。

まぁそうはいっても一度公表してしまったのはしょうがないので、肝心の中身に関して言いだしっぺ的立場から少し感想を述べさせていただきたいと思います。

まず第1の理由「未プレイの価値」についてですが

正直この部分に関してはほとんど異論を挟む余地は無いかなと思います。私自身新作をプレイしますし、新しい作品に出会うときの楽しさはリプレイ派、ノンリプレイ派の差はあまりないでしょう。ただ論点は少しずれていますね。そもそも「リプレイ」しない理由として「新作の初物感がイイから」という理由を挙げるのはかなりお粗末な感じがします(むしろ時間がないからといった方が説得力もあり理解できたかも!?)。

またもし仮に新作の新鮮味には抗いがたいものがあるのだとしても、リプレイすることで見つかる作品の奥深さ、新しい発見を見つけたときの喜びは新作の新鮮味以上のものがあると私は確信していますし、この点に関しては嘘偽りがない自信があります。単に新作の新鮮味の存在を強調なさるだけではなく、それがリプレイを上回る魅力を持っていることを証明する必要性を大きく欠いているといえるのではないでしょうか?

むしろ説得力をもっているのは後半部分で、マーケットが一部のチャレンジャーによって開拓されていくという部分に関してはかなり納得させられます。誰かが新しい作品を遊んで、それを紹介する。それによって興味を惹かれる人が増える。という図式はマイナーな趣味においては必要不可欠なものとして評価できるといえるでしょう。

ただし、これを一般化すべきかどうかに関してはまだまだ議論の余地があると思います。チャレンジャーであることで、得るもの、失うものを等しく(正しく)認識して、その上でなお得るものの方が多いとまでは一般的に言えない気がします。

第2に「フラットな状態」ですが

これは全く理解できませんでした^^;

個人的な問題かもしれませんが、私自身「初プレイ作品」の勝率の方が異常に高いんですよね(特に「全員が初プレイ」という状況下ではほとんど負けた記憶がないほどです)。

ですから「新しい作品を遊ぶ=条件がフラット」という認識は私の中にありません。むしろ経験者の方がゲームのコツを掴むタイミングがはやかったり、勝ち筋を見つける確率が高かったりして不公平であるとすら思っています。「精神面」以外に「新作でフラットな状態」はありえないと思います。

大体ほとんどリプレイをなされない立場のおのさんが、「リプレイ時の充実度」をどこまで御理解なさっておられるかに関しては、あまりにも疑問の余地がありますので、あまり深くは突っ込めないのですが、初プレイよりもリプレイ時のほうが一般的にフラットな状況の方が多いと思います(もちろん初心者を交えた場合の問題点は少なからず残ると思われますが)。

第3に「一期一会」ですが

ボードゲーム全般に対する一般論を、ノンリプレイスタイル限定に理由づける必要性は全くなく、新作だろーが旧作だろーが「毎回のプレイを大切にする」ことが大事なことは当然のことであり、かえっておのさん御自身が「新作でないとポテンシャルが出せない」といっているようにも聞こえて残念で仕方がありませんでした。初プレイ時に最も意識が高まるということを終始強調なさっていますが、そこまで差があることなのかな?というのが正直なところです。

最後におのさんはボードゲームを「読書」や「映画鑑賞」と同列にみてますが、これは少し危険な考え方で、私はボードゲームとそれらの趣味を同じ枠組みで捉えることには反対です。

映画や読書を「1回観れば(読めば)大抵OK」というスタイルには必ずしも同意できませんが(もちろん理解はできます)、仮にそうだとしてもそれは「読書」や「映画鑑賞」の対象となるものが「不変」であるからで、ボードゲームのように毎回メンバーが違ったり、展開が違ったりする「変動」的なものをそれらと同列に扱ってしまってはたしてよいものでしょうか?

繰り返しになりますが、私の主張は「リプレイを疎かにするのはもったいない」です。

常に新鮮味を求める「ノンリプレイスタイル」を理解しないわけではありません。私自身新作に惹かれる部分があることは否定しませんし、初プレイ時に得られる楽しさもある程度は理解しているつもりです。

しかし、「リプレイ(あるいはまたその感想)」によって得られるものの大きさをもっとアピールしても良いのではないかと常に考えていますし、その重要性をどんどん見失ってきている(ように思える)日本のボードゲームシーンに多少なりとも警鐘を鳴らしたい気持ちも少なからずあります(何かゴーマンかましてスミマセン><偉そうな物言いに聞こえるのは御勘弁を)。

おのさんは最後にこの趣味の敷居を高めないためにも、他の趣味と同様に「消費型」を貫くべきだというコメントを残していますが、はたして本当にそうでしょうか?私はこのまま「消費型」が続けばだんだんとこの趣味は衰退していくような気がしてなりません。

普及活動にしても「過去の名作」を持ち出さずに行うことなど不可能に近いでしょう(実際は可能なのかもしれませんが激しくナンセンスな気がします)。

私は新作も大事、でも旧作を繰り返し遊ぶことはもっと大事!というスタイルこそが本道であるものと信じて、今後もこの趣味を続けていくつもりです。byタカハシ
コメント
この記事へのコメント
タカハシさんとおのさんのやりとり、興味深く拝見しました。おのさんが挙げた3つの論点について意見を書かせて頂きます。

未プレイの価値について。
初めて遊ぶゲームへの期待感、高揚感、斬新なシステムへの驚き、などは未プレイのゲームを遊ぶ時に一番感じる部分です。さらに新旧無名のゲームを掘り起こしてプレイするというチャレンジ精神によって、素晴らしいゲームが再発見されるということは非常に価値のあることです。そう言う意味では初プレイのレポートも意味は十分にあると思います。自分も、面白くて知られていないゲームは積極的にレポートしていきたいと思っています。ところで、前回のコメントにあった「ネタばれ」というのは、ゲーム内容の説明のことでしょうか?

フラットな状態について。
これは僕も意味が分かりませんでした。まず「フラットの状態」の意味がおそらく最近の和製外来語なので理解できていません。「公平な状態」という意味だと察するのですが、違うでしょうか。そうだと仮定すると、タカハシさんの意見に賛成です。ルールを読んで説明した人が一番分かっているし、プレイヤー間のゲーム経験の差もあります。全員初めてのゲームだから公平、というのは違うと思います。むしろ初めての場合は誰もルールをきちんと分かってないので、1人だけ大勝ち(または大負け)、勝利条件あっというまに満たしてしまう、など極端な展開になりがちです。むしろ公平さが増すのは全員がある程度理解したあとの2回目3回目だと思うのです。

一期一会について。
ボードゲームと映画(小説)では本質的に異なります。映画(小説)は何度も繰り返し観る(読む)ことを前提にしておらず、また個人的なエンターテイメントです(誰と一緒に観たかということが映画の評価を変えることはあまりない)。ボードゲームは何度か遊ぶことを、少なくとも2回以上、それも色々な人と遊ぶことを前提にしています。それを一度だけで通り過ぎてしまうのはもったいないと僕は思ってしまうのです。2度目、3度目となってルールやある程度の持ち味がわかってからのほうが楽しいゲームも沢山あります。むしろ、記憶に残るのはこうした数度目での名勝負であって、1度目ではないです。

結論。
1回でもういいやというゲームは沢山あります。でも面白いと思ったり、何か可能性を感じたら積極的に2回目を(出来れば続けて)プレイするべきだというのが自分のスタイルです。自分が乗り気でなくても、友人が「面白いから、もう一度やってみよう」というような時も同様です。1回目ではつまらないと思っても、そのときは面白さが見えていなかったという経験は沢山あるのですから(古くはモダンアートやラー、最近ではコンテナなどは2回目で面白さに目覚めました)。でもなにはともあれ、所詮趣味なのですから、個人の好きなスタイルで好きなように遊べば良いと思います。
2009/11/29(日) 10:58 | URL | けがわ #-[ 編集]
けがわさん、相変わらず貴重なコメントありがとうございます♪

> 未プレイの価値について。
> 初めて遊ぶゲームへの期待感、高揚感、斬新なシステムへの驚き、などは未プレイのゲームを遊ぶ時に一番感じる部分です。さらに新旧無名のゲームを掘り起こしてプレイするというチャレンジ精神によって、素晴らしいゲームが再発見されるということは非常に価値のあることです。そう言う意味では初プレイのレポートも意味は十分にあると思います。自分も、面白くて知られていないゲームは積極的にレポートしていきたいと思っています。ところで、前回のコメントにあった「ネタばれ」というのは、ゲーム内容の説明のことでしょうか?

ネタバレというのは少し語弊があったかと思いますが、ようは「ゲーム内容の説明」のことで間違いありません。例えば本のあらすじ程度の「紹介」ならまだ読む価値もあるかもしれませんが、多少なりとも内容に触れている場合は、未プレイの場合はそれこそ初プレイの楽しみを奪う部分が多々あって良い面ばかりを単純にフューチャーできないと思います。最近では『ドミニオン』関係がまさにそうですね。実際にプレイしていない段階で他のレビューやブログ記事を読む気には全くなりません(逆に1度プレイしたら積極的に拝見しにいく可能性は高いですけど←その意味では非常に有意義なサイトは多いんですけどね^^;)。コンボはもちろんカードの中身を知ることこそ『ドミニオン』の最大の楽しみなのに、その部分を他人に委ねるなんてもったいないですよ。

> 一期一会について。
> ボードゲームと映画(小説)では本質的に異なります。映画(小説)は何度も繰り返し観る(読む)ことを前提にしておらず、また個人的なエンターテイメントです(誰と一緒に観たかということが映画の評価を変えることはあまりない)。ボードゲームは何度か遊ぶことを、少なくとも2回以上、それも色々な人と遊ぶことを前提にしています。それを一度だけで通り過ぎてしまうのはもったいないと僕は思ってしまうのです。2度目、3度目となってルールやある程度の持ち味がわかってからのほうが楽しいゲームも沢山あります。むしろ、記憶に残るのはこうした数度目での名勝負であって、1度目ではないです。

まさにおっしゃるとおりです。さらにいうならば本当の意味で「一期一会」であるならば、新作をプレイしようが旧作をプレイしようが、いずれの場合も「新作」と同じ状態で望めるはずなんですよね。

> 結論。
> 1回でもういいやというゲームは沢山あります。でも面白いと思ったり、何か可能性を感じたら積極的に2回目を(出来れば続けて)プレイするべきだというのが自分のスタイルです。自分が乗り気でなくても、友人が「面白いから、もう一度やってみよう」というような時も同様です。1回目ではつまらないと思っても、そのときは面白さが見えていなかったという経験は沢山あるのですから(古くはモダンアートやラー、最近ではコンテナなどは2回目で面白さに目覚めました)。でもなにはともあれ、所詮趣味なのですから、個人の好きなスタイルで好きなように遊べば良いと思います。

もちろん個々のスタイルの問題ですから、基本自由で構わないと思います。ですが、しっかりとしたリプレイ記事が少ない現状は非常に問題ありなんじゃないかな?と感じるわけで、例えば毎年年末にミクシィ内で行われている100選でも新作と同じくらい旧作の名前が挙がってくるのに、一方で最先端を走るような人たちの多くが極端な「消費型」に走る傾向が見受けられるのは、これは凄く残念なことだなぁと思うわけです。

そういった才能あるゲーマーの方達がもっと過去の名作にスポットを当てるようになってくだされば、絶対にこの趣味を楽しんでくれる人達は増えると思うんですよね。一度食べに行って美味しかったレストランに2度と食べに行かないなんてスタイル、どこか変ですよね?
2009/11/29(日) 14:22 | URL | タカハシ #-[ 編集]
いろいろな考え方がありますね。
ゲームは人それぞれ、楽しみ方があると思いますし、そのことについては、おのさんも、タカハシさんも踏まえた上でのお話ですので、まあ、世の中、いろいろなお考えがありますね、ということではあるのですが、、。

私としては、、「未プレイの価値」、「フラットな状態」これはそういった側面があるという点で、理解できます。「一期一会」これは、、失礼ながら言葉の解釈を間違えているとしか、、、本来の意味は、毎回、一生に一度、という心構えで茶会を行うという意味で、そんな心構えでえんえん何度も「茶会」をやっているわけです。「茶会」は同じメンバーでは一度しかやらないよ、という意味ではないわけで、、。

まあ、言葉の揚げ足取りはどうでもいいのですが(自分で書いておきながら、、ですが(笑))

ドイツゲームもウォーゲームも「ゲーム」です。将棋や、囲碁も「ゲーム」です。将棋や囲碁を一度しかしない、ということがありうるでしょうか。一度やれば、もう戦略がすべてわかってしまうほど、ドイツゲームというものは底が浅いのでしょうか?そんなことはないと思います。(いや、一度でいいや、というゲームをやったことも何度もありますが、、)
ですので、同じゲームを2度しない、という考え方は、戦略の多様性はドイツゲームにはない、と言われているようで、私にとっては驚愕以外の何物でもありません。

私にとっては、ゲームの楽しみの一つは、「数ある戦略・戦術を思考錯誤しつつ、最適戦略を見つけること」(最適戦略が見つかれば、もうそのゲームは半ば寿命を迎えたことになるのですが)です。これは、特にウォーゲームの場合に大きいのですが。これには何回もプレイすることが必要です。もちろん、最適戦略自体が相対的で、絶対的なものが見つからないゲームもあるでしょう。(特に多人数ゲームの場合)そう言ったゲームでも、その場その場での最善のプレイを進めていくというのはとても楽しいことです。


話は変わって、将棋人口、囲碁人口をみれば、繰り返し同じゲームをやることが新規参入の妨げになっているとはとても思えません。

将棋・囲碁=完全情報ゲーム、ドイツゲーム・ウォーゲーム=不完全情報ゲーム、ということで、不完全情報ゲームの特徴・面白さを伝えることができれば、十分この趣味は広がる余地があると思うのですが。(まあ、日本には麻雀という不完全情報ゲームがギャンブルとして発展しているという阻害要因がありますが)

「同じゲームを2度しないよ」では、少なくとも家庭内でゲームをやったり、(ゲーム仲間以外の)友達同士でゲームをしようよ、ということは考えていないことになります。これでは、ボードゲームの普及には全くつながらないんじゃないかなあ、と思います。

そもそも、不完全情報ゲームは、「運」が介入してくるので、完全情報ゲームよりも、実力差が出にくい、と思うのです。つまり、その分実力差というものが緩和され、敷居が低いと思うのです。逆にその分、戦略性が落ちてしまう、ゲームの寿命が短い、というゲームも往々にしてありますが。(もちろん、そうならないドイツゲームもあると思います。)


とはいえ、とはいえ。結局はプレイしている人が面白ければ良い、というのが私のスタンスではあります。(長文になり、支離滅裂になってしまったかもしれません。失礼しました。ワードで書いたものを落とせばよかったですね。)
2009/11/30(月) 13:12 | URL | y #wlPBcTbc[ 編集]
Re: いろいろな考え方がありますね。
「リプレイ」と「やり込み」の問題はこれはこれでひとつのテーマになりそうなので、今回のコラムとは別に機会があれば述べたいと思っています。

個人的には「やり込み」は大好きなのですが、意図して控えるようにはしています。やはり作品の寿命が縮むのが怖いので^^;


閑話休題


やはりここ数年「ノンリプレイ派」がどんどん増えてきたのは、新作の発表ペースがどんどん速まってきていることと、それに対してあまりにもプレイ時間が足りないことが原因なのだと私は分析しています。

一般的には限られた時間の中で限られた作品の中から、楽しむべき対象を選択しなければならず、いざ選択となった際に、まだ未経験の分野に強く惹かれる気持ちは分らなくもないです。

また、どうも日本人の多くは「たくさんの作品を遊んだことがある」ということを非常に重視していて、他人が遊んでいるのに自分が遊んでいないと不安になる気持ちがどこか奥の方に染み付いているようにも思えます(あるいは知らない作品が存在すること自体に恐れを抱くことも!?)。

もちろん様々な作品に触れたことによって得られる知識や経験は貴重なものなのかもしれませんが、実際は広く浅く表面をなでただけのものでしかない場合もあって、本当の意味で趣味を楽しんでいるのかといえば、客観的にみれば疑問の余地があるでしょう(例えるなら料理を一口だけ食べて満足しているようなものです)。

ですから当然のように(おのさんには大変失礼ですが)、そのような方達のコメント・レビューにどれだけの信頼性があるのか、はたまた魅力があるのかについてもどうしても疑問の余地が生まれてしまいます(特に初プレイでいきなり作品に点数とか付けたりなされる方とかは「勇気あるなぁ~」と思ったりもします←まぁ第1印象としてのみの評価と割り切れば問題ないのでしょうけど^^;)。

※もちろんたくさんの作品に触れた人でなければ表現できないものなどもあるでしょうから、一概にそれらに価値がないとはいえないのですが、相対的にみて「深みのない」あるいは「特定の一面からしかその作品を捉えていない」恐れは十分にあります(そうでない場合ももちろんあるのですが、なかなかその辺の判断が難しいです)。

どんな作品でも最初は当然「新作」ですし、そのような新作、あるいは幻の作品にスポットを当てて広く一般的に紹介することは、大変意義があることだとは思いますが、一方でそのために本来何度も楽しめるはずのボードゲームをたった1回で満足してしまうようなスタイルは本当にもったいないと思いますし、いろいろな意味で非常にリスキーな行為であると思います。

私が友人とこの趣味を始めた理由の1つに「ボードゲームなら何度も繰り返し遊べるだろう」というものがありました。他の趣味ならともすれば「消費型」形態によってどんどん消化されるだけのものになってしまいがちですが、この趣味ならばある程度の「不変性」があるだろうということは大きな評価ポイントとしてありました。

だからこそ最近の「消費型」形態に少なからず危険性を感じ取ってしまったのかもしれませんね。
2009/12/01(火) 00:54 | URL | タカハシ #-[ 編集]
拝見しました。また私たちのやり取りを読んだ方々の反応も読んで、これをきっかけにノンリプレイかやりこみかというだけでなく、趣味に対するさまざまなスタンスを知ることができてよかったと思います。

けがわさんのコメントにあるように、ネット上の見かけと違って実際には定番・名作を中心に遊んでいる人のほうが圧倒的に多く、チャレンジャー(ノンリプレイ派、「消費型」)は少数です。またそれを人に勧めるつもりも全くないです。リプレイ派は、私たちのやり取りに関係なく、これからも一般的な楽しみ方であり続けるでしょう。

趣味や好みはどちらが良いとか正しいとかいうものではありません。未プレイの新鮮味とリプレイの魅力のどちらが上かなんて、証明できるものではないでしょう。いろいろな楽しみ方や価値観に対してリスペクトしてほしいとまでは言いませんが、せめてネガティブな言葉を浴びせないでほしいということだけが、私のエントリーで言いたかったことです。
2009/12/01(火) 12:19 | URL | おの #mBzIeYos[ 編集]
Re: タイトルなし
> けがわさんのコメントにあるように、ネット上の見かけと違って実際には定番・名作を中心に遊んでいる人のほうが圧倒的に多く、チャレンジャー(ノンリプレイ派、「消費型」)は少数です。またそれを人に勧めるつもりも全くないです。リプレイ派は、私たちのやり取りに関係なく、これからも一般的な楽しみ方であり続けるでしょう。

そうですね。私も「消費型」の人達は(私自身も含めて)極少数なのだとは思います。

けれども、そういった「消費型」の人達は、なまじ積極的に新作をむさぼる傾向にあるため(笑)、ネット上ではかなり目立つ存在になることは否めません。

その結果、徐々にですが「消費型」が浸透してきているのは間違いないと思っております。

ゲーム会に参加した際に、もう何年もこの趣味を楽しんでいるのに「実はカタンは未プレイなんですよ」とか「アクワイアって遊んだことないんですよね」とかいうコメントを聞くたびにガッカリというかむしろ恐ろしく感じるときもあります。

またゲームサークルなどの月例会でも「毎月のメビウス便消化会」といってもおかしくないような感じだったり、個人輸入した新作やレアゲームしかプレイしないといった極端な形態も見受けられます。

「新作を遊んでみました。こんな感じのゲームでした。ハイ次~!」といった感じでは、私は様々な点で問題があると思うわけです。

奇しくもおのさん御自身がおっしゃられたように、「ノンリプレイ派は「新作(つか、買ったゲーム)をとっかえひっかえ遊んでおもろいか?」などと揶揄され、モノを大切にしていないとか、ゲームの真価を捉えていないとか批判されることもある」と御指摘なさった点は、実際は揶揄でもなんでもなく真実を端的に述べているだけのことなのではないでしょうか?

> 趣味や好みはどちらが良いとか正しいとかいうものではありません。未プレイの新鮮味とリプレイの魅力のどちらが上かなんて、証明できるものではないでしょう。いろいろな楽しみ方や価値観に対してリスペクトしてほしいとまでは言いませんが、せめてネガティブな言葉を浴びせないでほしいということだけが、私のエントリーで言いたかったことです。

ある意味で「警鐘」を鳴らそうという意図を持って発したものですので、ある程度の批判的な単語を並べる必要がありました。ですから少なからず「消費型」の人たちを刺激したことでしょうし、そうした人たちにマイナスのイメージを付加したことは事実だと思います。

ですが、そこを曖昧にぼやかした表現で語るテクニックを残念ながら私は有しておりません。「ノンリプレイスタイル」もそれはそれでアリだよね。では「意味を持った」批判にはならないですよね。

閑話休題

ゲーム会や合宿などで個人的にお世話になっている間柄ですので、あえて御忠告をさせていただければ、おのさんはもう少し御自分の立ち位置の重要性を御理解していただきたいかなと思います。

「Table Game in the World」が日本のボードゲーム界に与える影響、また御本人自身の発言がもたらす効果に関して、 もう少し慎重であるべきです。

今回の件に関しましても、結果御自身のスタイルを単に振返ってみるだけならまだしも、世間的には少数派&特殊派である「ノンリプレイスタイル」を貫いているということを表明して、あまつさえその素晴らしさを強調するなどという行為が、何らかのメリットを伴っていたのかどうかははなはだ疑問です。

私はおのさんのような方にこそ「リプレイの重要さ」を共感していただきたかったのです。

あえてチャレンジャーの立場にいらっしゃることは重々承知しております。

しかし、そんな中でも「リプレイ」を大事にするスタイルを取り戻すことは、私は可能だと思います。

ようはバランスの問題だと思うのです。

新作のレビューの件数が減り、勢いがなくなってしまうのも寂しいですし、そこは私の本意ではありません。

新作のレビュー、大歓迎です!

でも、新作だって(せめてその月ぐらいは)繰り返し遊んで感想を寄せることも可能なはずです。連続プレイで楽しむ方法だってあります。どんな作品だって最初は「新作」なのですから。

先日頂いた御著書を拝見いたしましたところ、その鋭い観察眼、読ませる文章には感嘆させられました。

あの素晴らしいレビューは決して1度だけのプレイ経験だけでは書かれたわけではないですよね?

おのさんのリプレイレビューなら多くの人が興味深く見ると思います。せめてあと1回、リプレイする勇気をもっていただければ幸いです。
2009/12/01(火) 18:30 | URL | タカハシ #-[ 編集]
はじめまして
はじめまして。イヂロ-と申します。

この話はもう終わりなのですか?ここまで非常に興味深く拝見させていただきました。私はボ-ドゲ-ム歴もさほど長いわけではなく、普段はごく身内で同じ作品を繰り返し遊んでいるものです。ですから今回のリプレイの可能性の内容に関しては少なからず驚かされました。

今までは1年に1作品、頑張ってもせいぜい半年に1作品というペ-スでゲ-ムを購入している私は、おそらく世間のみなさんの平均からいったらかなり少ないのだろうとは思いますが、それでもボ-ドゲ-ムに関しては繰り返し遊ぶことはごくごく当たり前のこととして認識していたため、たった1回だけで満足されてしまう方がいらっしゃるということにはかなり衝撃を受けました。

私などの場合新しいゲ-ムが届いたときなどすごくわくわくしてしまいますので、次から次へと新しいゲ-ムを遊んでらっしゃる方たちはときに羨ましくもあるのですが、やはりタカハシさんがおっしゃるように、1回だけのプレ-ではわからない面白さは絶対にあると思います。ネット上ではみなさん毎月かなりの時間をゲ-ムに費やされているようですが、私などのようにたまの週末に仲間内で少し遊ぶ程度のものにとっては、ノンリプレイスタイルは夢のまた夢といってもよいもので、とうてい真似のできるものではありません。

また普段ボ-ドゲ-ムを購入するときに一番参考にするのはショップの紹介記事なのですが(メビウスさんのカタログなどは一番よく見ます)ネットでの評判などもよく見させていただいてます。その中で最近の新しい作品の記事には以前のようなぐっと興味を引きつけるものが少ないなということを実感していたところでもありましたので、タカハシさんの今回の御指摘を受けて、とても納得させられた部分が多かったというか、自分の中でその理由となるものがかなりクリアになったと感じました。やはり1回しか遊んでいない方たちがいきなりそのゲ-ムを深くまで掘り下げ、また同時にその面白さを他人に伝えることは難しいのだと思います。

最後になりますが、こちらのブログを拝見させていただいたのは本当にたまたまでしたが、過去の記事も含めて大変楽しく読ませていただきました。色々と他のサイトも見ておりますが私の中ではとても気に入っております。今回のタカハシさんの御意見が世間の方々に受入れられるかどうかはわかりませんが、是非それにかかわらず今後も頑張ってください。更新を楽しみにしております。長文失礼いたしました。
2009/12/25(金) 20:49 | URL | イヂロ- #-[ 編集]
Re: はじめまして
イヂローさんはじめまして。

確認&返信が遅れまして大変申し訳ございませんでした^^;

最近仕事&プレイベートが忙しいもので確認を疎かにしてしまいました><

非常に温かいお言葉に感謝いたしますと共に、イヂローさんのスタイルはとても素敵だと思いますので、是非今後もお仲間同士で楽しんでください(その際に当ブログが少しでもそのサポートができたるであれば嬉しいです♪)。

さて、前回のコラム(『リプレイの可能性シリ-ズ』)は、当初何気ない自己反省から始まったものであったのにもかかわらず、意外に各方面で波紋を呼び込んでしまったようで、(なかり乱暴な論調であったのにもかかわらず)結果多くの方々に色々と議論していただくきっかけにもなったという点では、それなりに意味があったのかな?とは思っておりますが、とりあえず現時点でこれ以上特に議論が広がる感じもなさそうなので、こちらから続けるようなことはいたしません。

結局おのさんにつきましても最後まで「スタイル」という部分に固執なされて、遂に「リプレイの価値」というそのもの自体をお認めになることはありませんでしたが(詳細はコチラhttp://www.tgiw.info/2009/12/2_16.html)、特に最後の文章などを拝見する限りでは、「リプレイはしたいのだけれど、それよりも新作をレビュ-することを優先する」というジレンマを少なからずお持ちになられてはいるという印象を受けました。もし仮におのさんがそのようなジレンマを持ちつつ、その上で新作を次々とレビュ-なされているのであれば、やはりそれなりの価値ある業績として認めなければならないでしょう。

つまり(おのさんに限らず)誰かの新作レビュ-が他の誰かの「1回目」になることは決してありませんが、もしかしたら0.5回目くらいにはなるかもしれませんし、その意味において「実質他の人をリプレイさせている」ととらえるのであれば(かなり突飛な感じではありますがw)、既に述べたように多少信頼性や信憑性、深みといった部分に欠けるものがあったとしても、それ以外の様々な有用性を安易に否定するわけにはいかないわけなんですよね。

またここまで散々リプレイを推奨してきた私自身につきましても、客観的に見てみればどう考えてもおのさん(ら)と同じ「ノンリプレイ」サイドにいることは間違いなく、とても消化できないほどの数の作品を所有し、次々に出る新作に追われながら思うようにリプレイできていない状況下にあるのは明らかです(当ブログの毎月の「オススメゲ-ム」もできるだけ新作を挙げるようにしていますし)。ですからそのような身でありながらあえてリプレイを推奨する姿は傍から見れば至極滑稽でもあるわけなのですが、かといって現状のようにそこまで「リプレイ」を疎かにしつつ、新作追いを続けなければならないものなのかどうかについては、これはこれで全く別の問題だともいえるのではないでしょうか?

今回のことで普段忘れがちなことをふと立ち止まって冷静に認識することができたことは、私自身にとっては貴重なものとなりました。あと数年経った後に「そういやあの頃ゴチャゴチャ言ってた奴がいたよな~(笑)」となるのか、はたまた「あれはあれで意味がある意見だったよな~」となるのかは私自身には分りません。

以前も申しましたが、「結局楽しんだものが勝ち♪」が趣味の本来の姿だとも思うので、堅苦しく考えずに自分が一番面白いと思う方法でこの趣味に携わっていただくのが正解だとは思うのですが、今回のコラムをきっかけにその方法の取捨選択の過程でちょっとでも立ち止まる機会を持ってくれた方がいらっしゃるのであれば、素直に嬉しいです。
2009/12/28(月) 18:48 | URL | タカハシ #-[ 編集]
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